チャットルームからの抜粋


中国蘭とその将来」に付いて、東西若手リーダーの対談になりました。
チャットは一週間で消えてしまいますので、このページに記録しておきます。(消えるのは惜しいと思いました。)
興味の有る方は土曜午後八時チャットルームに参加してください。


浦野> 今日は中国蘭展を開いていました。10人で56鉢の出品があり、まずは大成功!と思っています。 2004/02/14(土) 20:48:40


小森> 中国春蘭。特に昔からあるものは最近またブームなんでしょうか?業者さんから問い合わせがあったりします。でも、昔のようにマイナーな品種は今どうなってるんでしょうね。また、探し出しても本物かどうかわかる人は少なくなっているでしょうし。私も記憶が薄れてしまって細かいところは思い出せないでいます。 2004/02/14(土) 21:03:21
浦野> ここ2、3年でかなりの蘭が中国に送られています。それで少し品薄感が出ていることもあると思います。巷にありふれたものには見向きもしなかったものが、少なくなった、足りなくなったというと急に欲しくなったりするのが人情というもののようです。それでもいまの状況は品薄感に動かされたブームというよりも、中国蘭一茎一華の良さに惹かれたブームになりつつあるように思えます。それで小森さんが心配する様に、マイナーなものや増えにくいものはほんとに少なくなってしまっていますし、本物とニセモノが見分けられる人も少なくなってしまっています。そこが困ったところです。 2004/02/14(土) 21:12:44
小森> 昭和50年頃でしたか、誠文堂から中国春蘭の書籍が出て以来、とんと出ないので今どれぐらいの品種が残っているのか知るすべがありませんね。東京ではドーム展があるので探しやすいのではないでしょうか。隠れた愛好家なども浦野さんの会に参加してもらえれば珍しいものが集まってくるんじゃないでしょうか。 2004/02/14(土) 21:15:56
浦野> 昔の珍しいものと同時に交配による作出花の良いものを選抜するというのも重要なことになります。今回の展示会には交配花が3鉢出されましたが、その内の2鉢は銘品と間違うほどのできでした。放置すれば適当な名前をつけられて流通してしまい混乱の元となるでしょう。それを防ぐためにもどのような交配でどのような花が咲いたのかを明らかにして行く必要を感じています。隠れた愛好家ということでは、東と西では蘭の動きが少し違う様にも思われます。西の方には私達の展示会に出てもらうのは大変ですから、せめてAONを通じてでも参加していただければありがたいと感じています。 2004/02/14(土) 21:24:12
小森> 一華は花も良いのですが葉が素晴らしいんです。私の師匠の黒崎先生にその良さを細かく教示されました。三つ子の魂のことわざどおり高校生の時だったので今でも1華は先ず葉に目が行きます。1年のほとんどは葉を見て暮らしますので、本当に好きな人は葉を診て判断したり、作を考えたりすると思います。大富貴なんか葉が特徴的ですが、光は弱めで水が好きな品種ですね。寒蘭作者の棚で良くできているのはそのためなんでしょう。大株になるほど良くなってきますね。 2004/02/14(土) 21:28:21
浦野> 大富貴の葉性は遺伝的にも強いものです。大富貴を片親に使うとあの特徴的な葉姿の子苗が沢山採れます。是非大事にしたい蘭です。大富貴と並んで葉が良いのが宋梅ではないでしょうか。大富貴ほどの葉幅やネジレは出ませんが、黒緑の素直な葉姿は直に宋梅と分ります。日本春蘭や奥地蘭には真似のできない特徴ですね。 2004/02/14(土) 21:35:01
小森> 交配については、中国春蘭同士でしょうか?良く中国春蘭と日本春蘭とをかけたりしていますが、私は反対です。日本なら日本同士とするべきで、東洋蘭の伝統は守らないと収拾が付かなくなります。西洋的な思考。これは知識を駆使して夢の目標へ改良が進み洋蘭は発展してきましたが、東洋の思想は知恵がもう一つの世界としてあって自然への畏敬がその知恵の元に存在しているように思います。掛け合わせて作るのは簡単ですが大切なものが置き去りにされていくように思います。 2004/02/14(土) 21:44:36
浦野> 中国春蘭同志もあれば日本春蘭との交配もあります。今のところ私の基本的態度は「良いものは良い」ということだけです。交配はどんどん進めると洋蘭シンビと同じになってしまいます。どこで線を引くのかと言われて明確に答えられる人はいないと思われます。「自然への畏敬」というのはなかなかいい表現だと思いますが、私は自然をあまり神格化すると一部のナチュラリストのような自然信仰に陥ると思われてなりません。「良いものは良い」という中でも交配の範囲をどこまで認めるのかといわれれば、未だ確実に答えられる原則を確立できていないのが実情です。そのなかでできることは、交配ものであることを偽ったり、ピンからキリまであるものを見極めもせずに無責任に流通させるような事を排除することだと思います。 2004/02/14(土) 21:55:51
小森> 畏敬というと難しい表現になってしまいましたが、小さい頃から木や山なんかを神さんが住んでると教えられて、それがごく自然のものに思えてきました。その中から時代が過ぎて知識でない東洋の知恵が生まれてきたんだと思います。神格化とは全く違います。春蘭は園芸化してしまうと交配の手法しか選択肢は無いでしょうが、少なくとも知恵のない知識だけで孤児を作らないでほしいというのが私の願いです。「良いものは良い。」これは園芸である以上当然のことです。その点では浦野さんが提唱されているように、出所をはっきりとさせるのが先ず大切なことと同感します。 2004/02/14(土) 22:07:27

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